大判例

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大阪高等裁判所 昭和27年(う)1862号 判決

原判決をみるとその理由において被告人と輝子(被害者小堀兵吉の認知を得た嫡出でない子)との間における婚姻関係は解消の合意が成立し又輝子の出奔以来本件事案の惹起する迄約一年間完全に夫婦関係が断絶終了しており以上のような関係は総て輝子の両親の熟知承認するところでこのように被告人と輝子との婚姻関係の実体は全く解消し単にたまたま配偶者としての戸籍上の形式的残骸のみが残つているものと認められるような本件の場合においては被告人において兵吉に対しもはや所謂自然法に基く子としての親に対する道徳的義務を負担しておらないものと解するを相当とし被告人を一般殺人の場合に比し特に重く処罰することは何等合理的根拠なくして法律的な不平等の取扱いをするものであつて憲法第十四条に違反するからこの限度において刑法第二百条の規定は憲法違反として当然に無効のものと解する旨説示するのである。

そもそも刑法第二百条の尊属殺人罪の規定及び刑法第二百五条第二項の尊属傷害致死に関する規定が憲法第十四条に違反しないことは最高裁判所の判例(昭和二四年(れ)第二一〇五号同二五年一〇月二五日判決最高裁判所判例集第四巻第一〇号二一二六頁以下所載、及び昭和二五年(あ)第二九二号同年一〇月一一日判決同判例集同巻同号二〇三七頁以下所載)の明示するとおりであつて当裁判所も亦これに従うべきである。そして右判例の見解は配偶者の直系尊属に対する擬制的親子関係の場合でも苟くも親子関係たる以上血のつながりある実親子の場合に準じその説くところの自然法に属する人類普遍の道徳原理に基く子の親に対する道徳的義務を負うものとなし前示各刑法の規定全般にわたり憲法違反にあらずとの判断を与えたものと云わなければならない。そこで本件において被告人の被害者小堀兵吉に対する関係が刑法第二百条に云う配偶者の直系尊属に該当するなれば原判決認定の犯罪事実は正しく同法条を以て律せらるべきものでありその措置が憲法第十四条に違反するところはないのであるがしかし問題は右法規(刑法第二百五条第二項についても同様)に定める配偶者の直系尊属というその配偶者とは何を基準として決定すべきかにあり、原判決掲記のような状況即ち既に事実上婚姻は解消したが離婚の届出のない場合なお刑法上配偶者と認むべきかどうかを考究しなければならないのである。

おもうにわが国においては配偶者を社会制度乃至法律制度であるべき親族の一の場合として認めたのであつて民法上であると刑法上であるとを問わず配偶者であるかどうかは民法により一律にこれを理解しなければならない。そうでなければ社会秩序法律秩序をみだす虞が多分にあることは自明の理である。ある概念に関し刑法の目的から推考し民法の場合とは別異の解釈をしなければならない場合はあるとしてもそれは自ら制限があり右秩序に影響あるを顧みず配偶者につき刑法上特別な解釈を施すことは到底首肯できないのである。

さすれば刑法第二百条又は同第二百五条第二項中の配偶者の意義も民法第七百二十五条第二号の配偶者のそれと同様に解すべきであるから民法上婚姻関係の存在を必要とすることは論をまたない。即ち先づ民法上婚姻が成立していなければ事実上両性の結合同棲があつて夫婦生活を営む場合であつても法律に所謂配偶者とは認められない。故にその一方が他方の直系尊属を殺害或は傷害死に致したとしても以上の規定を以て処罰し得ないことは疑の余地はないところである。そして婚姻は要式行為でありその届出がなければ民法上有効に成立しない(民法第七百三十九条)のであり前敍の如き事実婚はこれを婚姻の予約とのみ解すべきものであることは従来数多の判決例の説くとおりである。そこで次に右婚姻と対照的課題たる協議上の離婚の場合はどうか、民法は第七百六十四条により婚姻の場合と同様これを届出のみによつて有効に成立する要式行為となしておるのであるから夫婦間に単に離別の合意が成立し各別の生活をするに至つた場合でも離婚届のない限り法律上離婚とはならず依然配偶者であると云うべきである。凡そかかる婚姻並びに協議上離婚における届出は身分関係の重大な得喪につき当事者の意思の明確慎重なることを期するがためその成立上必要な方式として採用せられたのであつて明治三十一年民法施行以来この法律婚主義はわが国民により十分理解せられ戸籍上届出なければ法律によつて規律を受ける場合婚姻又は離婚なしと認められるのであるとの一般通念を醸成し来つておる。そして又たとえ夫婦間に婚姻解消の合意成立し生活を別にして夫婦関係が断絶終了し夫婦の両親においてもこのことを熟知承認するような場合でも法律上離婚の成立していない限りその夫婦の一方と他方の両親の間にはなお実親子間に準ずる子の親に対する道徳的義務の要請がある(この場合尊属に対する卑属の殺人及び傷害致死行為を一般のそれより重く処罰するのは前記判例の説く如く尊属に憲法第十四条第一項において差別待遇の理由として掲げるものがあるためでなく、卑属の背倫理性を強く非難する結果反射的に尊属は強度の保護を受けるに至るのであつて尊属に対し憲法に云うような特権者的地位乃至性格を認めたものと解することはできない)ものとの理念がわが国一般の道義的観念を形成しておると云わなければならない。これを要するに刑法の適用に当つても配偶者であるかどうかは婚姻届及び離婚届の有無等戸籍上の記載を基準として決すべきであり配偶者として戸籍に婚姻届出があつた後離婚届等がなく法律上離婚成立せずして婚姻の継続しておる夫婦についてはその間の事実上の実情如何に拘らずこれを配偶者と認めなければならないのである。原判決の説示する趣旨は婚姻関係の実体が全く解消した場合は単に配偶者としての戸籍上の形式的残骸のみが残つているだけで民法上刑法上配偶者に該当するものとはみるべきでなく従つてその一方は他方の親に対する道徳的義務を負担しないとするにあるのであろうか、もしそうだとすれば配偶者かどうかの基準を法律上離婚の成立によるべきを誤り民法上の解釈と異なる解釈をなす結果誤謬に陥るものと云うの外はない。次に原判決の説くところが被告人と輝子との関係が民法上配偶者であり従つて刑法第二百条の定める配偶者ではあるがその婚姻関係の実体が全く解消し輝子の実父兵吉においてこのことを熟知承認している以上被告人は兵吉に対し道徳的義務を負担していないとの前提の下に同条を適用するのは憲法違反になるという趣旨であるとすればこれは先きに説示したわが国一般の道義観念を顧みない立論であり刑法第二百条及び同法第二百五条第二項の規定が全面的に憲法第十四条に違反しないとする前記最高裁判所の判例に反する解釈と断じなければならない。論旨においても指摘するように民法第七百三十五条が直系姻族の間の婚姻を禁止し、なお殊にこの禁止が姻族関係消滅後も持続することを定めたところの道徳理念は苟くも法律上直系姻族である限り事実の如何に拘泥するところなく実親子に準ずる人倫上の道義的関係のあることを認むべき有力な証左であると云うことができる。又本件の被告人にしてみてもその妻輝子との間に事実上離別の話合が成立後も、なお法律上妻たることを意識し輝子の実父兵吉に対しては妻の父に対する道を以て平常接していたものであることが記録全般を通じ窺知し得られるのである。

以上説明するところにより離婚の届出等によつて法律上の離婚が未だ有効に成立していないのに拘らず夫婦関係の実体が事実上解消し尊属がこれを熟知承認したことを以て直ちに配偶者の一方が他方の尊属親に対し有する道徳的義務を否定し去り憲法第十四条に違反するものとして原判決認定事実に対し刑法第二百条の適用を拒否するのは最高裁判所の判例及び憲法第十四条を誤解したことに基因する違法あるに帰するものと云わなければならない。尤も右刑法の規定の法定刑が厳に失するとか、かかる種類の規定はすべてこれを廃止すべしとかの論議はあるにしてもそれは畢竟立法問題に属する事柄でありこれがために右規定の適用が憲法に違反するものと断ずることはできないのであつて裁判所としては現存の法規に従いその許容する範囲内において適当に事実認定や量刑する等の措置に出るより外途はないのである。結局原判決には敍上の違法があり右違法は判決に影響を及ぼすことが明白であるから破棄を免れず論旨は理由がある。

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